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ネット小説第3弾。書き直し中なのよ。


by tsado13

ゆるい女(その1)

               ・・・・・・・・★1・・・・・・・・
内野は心地よい感覚を下半身に感じながら目を覚ます。
夢と現実の狭間で湧き起る快感。
薄く眼をあけて、甘美な感覚の湧き起る方角をぼんやり見やる。
セミロングの髪の女の頭が内野の敏感な部分で上下に動いている。
まだ夢の世界にいるのか。事態が掌握できない。

ビチャビチャ、ジュルル。ビチャビチャ、ジュルル。シュパシュパ。ジュジュジュ。シュパ、ジュジュジュ。
官能を揺さぶる淫らな響き。幻聴か。
しゃぶっているような。すすっているような。
商売女のように手慣れた仕種。幻覚か。が、不思議なことに、心が温かになっている。
女、やがて目覚めたこちらに気づく。酔いしれた眼。痴呆のような微笑み。
唾液で濡れた口を離す。ふうっと吐息。
うっとりと見つめてくる。掌はまだ愛おしげにしごき続けている。
なんとブツが屹立している。

女はゆっくりと屹立の上にまたがる。
ニュルリ。温かく湿潤な安心感。
やがて体重をかけてゆっくりと回し始める。
次第に激しく、上下に。前後に。螺旋状に。快感の波が襲ってくる。
あえぐ声。酸欠状態に陥った息遣い。泣き声のような動物的なうめき。
明け方の静寂な空気を切り裂く。

痺れる感覚の中、女を下から盗み見る。
歯を食いしばった苦しげな表情。菩薩のような穏やかな表情。
角度によって、瞬間によって、表情が変わる。
営む女は変幻な生き物。悩ましげなマリア。

奈津だ。あの女。昨日の出来事がよみがえる。
いったいどうなっているんだ。石橋を叩いて渡る私の筈なのに・・

高まる快感。こらえきれず発射。
最後に放出したのは遠い遠い昔。いつ誰とだったかも思い出さない。
覆いかぶさって抱きしめてくる奈津。泣いている。
濡れている。身体の内も、外も。
舌を吸い、唾液をたっぷり受け入れる。

できるんだ。できるんだ。まだできるんだ。内野は感動した。
麻痺と充足。けだるさと余韻
心臓の鼓動を鎮める。息を整える。
生きている。生きている。まだ生きている。
勇気が湧いてくる。泣きたくなった。

再生。復活。
そんな言葉が脳裏を駆け巡る。
やれるじゃないか。捨てたものじゃない。
蘇る自信。生きていく確信。
まだ大丈夫。まだ大丈夫。まだまだ大丈夫。天の声が聞こえる。
明るい光が差し込んできた。





               ・・・・・・・・★2・・・・・・・・
亡くなった妻の美智子の誕生日だった。
内野は、ブルガリの財布を新宿へ買いにいった。
生前の妻に強引に約束させられていたバースデイ・プレゼント。すっかり忘れていた。なのに、今朝になって急に思い出す。
妻に対する罪悪感を忘れ去ろうと思ったわけではない。一生かかえていくつもりでいる。空しい自己満足だとわかっていた。それでもいい。やり場のない心から一時でも自由でいたいと駆り立てられるように新宿に出た。人混みに出るのは、今の内野には冒険。でも、義務感とも使命感ともつかぬ感情につき動かされた出動。
帰りの電車の中で既に後悔していた。部屋に持って帰ればどうなる。心が乱れるだけ。その処置に困ることまで、頭が働かなかった。
阿佐ヶ谷で中央線を降りる。身体が痒い。心の乱れに体が変調をきたしたのかと心配になる。とり越し苦労だった。もう1週間くらい同じ下着を身につけている。何でも内面的問題に結びつけて考えてしまう自分に思わず苦笑。駅近くのスーパーで下着を買うことにする。今夜は風呂に入って新しい下着をつけよう。

2階の日用品売り場は、1階の食品売り場に比べて閑散としていた。
30歳前後の女が一人、素人の内野の眼にもあきらかに不審な動き。
背が高く大柄な女。落ち着かない雰囲気を漂わせている。疲れくたびれ切った心が伝わってくる。腕をさすったり髪を触ったり足踏みをしたり、せわしなく身体を動かしている。
顔立ちは良い。着飾り化粧をすれば間違いなく人目を引く、男好きのする女性。スタイルも良い。着やせするタイプ。付くべきところに無駄なく肉が付いている裸体を想像させる。
グレーのタイトスカート、白いカーディガン、身体にぴったりしたモスグリーンのフリルシャツ、第2ボタンまで開けた胸元を飾る控えめの銀色ネックレス。胸の豊満さ、弾力が伝わってくる。

が、異空間に生きる者のオーラを放射している。
何かにとり憑かれたように自分の中に入り込んでいる。周囲の空間と異次元なところで呼吸している。
故郷の星が同じ宇宙人のような気がしてくる。故郷の言葉で話したくなる。


安物のストッキング、下着、ビタミン剤、財布、電池。手当たり次第に自分のバッグに詰め込みだす。全部500円程度の安物。
内野は理解できなかった。何をしているんだ。自分のしていることがわかっているのか。この空間ではそれは万引きという行為だよ。
正気じゃない。目に異様な光。焦点が定まっていない。夢遊状態で周囲が見えていない。
ピーンとくるものがあった。
部屋に引きこもっていた3ヶ月前の自分に重なる。

助けてやりたい。止めさせなければならない。店の者にすぐに見破られる。
内野は近寄って咳ばらい。それとなく注意を喚起する。女と目が合う。
「君、やめようよ。現実に戻ろう。君は万引きをしている。品物を返そう」
女は一瞬考える。が、無視される。私の存在そのものが見えないといった風に。
さらに二、三の品物をバッグに詰め込むと、階下に降りる。しばらく一階の商品を眺めまわり、そのまま、レジを通らずに外に出ていく。私服の万引き保安員らしき女性が用心深く後を追っている。やっぱりばれている。

やがて、女はその保安員と一緒に引き返してくる。奥の事務所の方へ促がされて入っていく。お店を出たところで確保されたのだ。
女は悪びれた様子もあわてた様子もみせていない。気持ちはこの空間にないようだ。
# by tsado13 | 2011-10-25 16:52 | ゆるい女

ゆるい女(その2)

               ・・・・・・・・★3・・・・・・・・
狭くて殺風景な事務所の中。梱包された段ボールの山。並んだ従業員のロッカー。休憩用の色の褪せたソファーと事務机が一つ。
女は、主任と名乗る40代の男性と事務机を隔てて向き合った。禿げあがった前頭部。猛禽類の目。カワウソのような顔。粘着質で卑屈な印象。生理的に受け付けず眼を背ける。女に嫌な予感が走る。主任は無言で女を睨み威圧してくる。事務的で冷たい言葉が口をついて出る。

「主任の今橋です。お客様。会計がお済みでない商品をお持ちですね。出していただけませんか?」
「持っていませんけど・・・」
「そんなことないでしょ! うちの者がバッグに入れるのをしっかり見ていたと言っていますよ!」
声を張り上げ、隣の女性警備員を顎でしゃくる。
「お客様、正直に出さないと警察の方へ引き渡すことになりますよ。いいんですね」
声量を落とし凄みをきかす。懐柔と脅しを匂わせる。
女は、悪びれもせず、一連の商品を何も言わずにバッグから取り出す。

「あれあれあれ、こんなにたくさん。皆、レジを通していませんよね」
「知らないうちにバッグに入っていたんですの。どうなってるのかしら」
オネショを注意された子供の独り言のように、か細い声でつぶやく。
「馬鹿なことをおっしゃいますな! そんな言い訳、通用するわけありませんよ。やっぱり警察の方へ行ってもらいましょうか?」
「私、行きたくありませんわ。全部、買い取ります」
「あれ、まあ。お金がないわけじゃあ、ないんですね。でも、買い取れば良いという問題でもないんです」
「でも、私、本当に知らなかったんですの」
「あくまでもシラを切るわけね。ずうずうしいにも程がある」
主任の顔にどう料理しようかという陰湿な表情が、浮かんでは消える。
「立花君、ちょっとトイレに行ってきます。万引した品物の確認をしておいてください」

主任は女性の保安員に指示を出し、事務所の外に出て行った。
女性保安員が机の上の被害品のリストを作成している間、女は心ここにあらずといった表情で視線を上方に泳がせる。
戻ってきた主任は出来上がったリストを女に示す。
「これは、あなたが盗ったものに間違いありませんね。確認して署名してください」
女はろくに見ずに署名する。主任は満足そうにうなずき、一枚の紙を傍らの書類入れから取り出して女の方を向く。
「で、次だ。何か、身分を証明するもの持っていますか?」
「免許書、持っています」
「よかった。それじゃ、それを提示し、この用紙に名前と住所と電話番号を書いてください。嘘は絶対にいけませんよ。すぐバレます」
「何のためですか?」
「再犯防止のためのお店の規則です。万引きが発覚した方には、皆さんに書いてもらっています。正直に書かないとあなたのためになりませんよ。警察の方で再調査してもらうことになります。警察はもっと厳しいですよ」
女はしぶしぶ記入する。

「奥さん、始めてではありませんね」
「何がですか?」
「とぼけなさるな。万引きですよ。あんたがしたのは万引きという犯罪行為なんです」
「こんなことに巻き込まれたの始めてです」
「ほ~う。開き直るんですね。誰かおうちの方にきてもらいましょうか」
「引っ越したばかりで一人暮らしなんです」
「へ~え、一人暮らしね。本当ですか? 万引きは立派な窃盗なんですよ。警察にいけば、留置場に入れられるかもしれません」
「それは困るわ。なんとか穏便にお願いしますわ。主任さん」
女はこの場から早く立ち去りたく思い、一応の反省の色を示す。
「やっと自分の置かれている立場がわかったようですね。立花君、ここはもういいですよ。お店の方に戻って仕事してください」
主任は勝ち誇ったように言い、部下の女性ガードマンを店の監視に戻す。

女と二人っきりになり、仕事が一段落したと言わんばかりに主任はリラックスした表情に変る。頬の筋肉が緩み、口がだらしなく開く。椅子の背に重心を預け、股を大きく開き、足を投げ出した姿勢でメンソールの煙草を旨そうに一服。
興奮しているのか、緊張しているのか、貧乏ゆすりが始まる。目をチック症のように、しきりにパチパチとしばたたかせる。神経質で尋常でない性格が伝わってくる。
女を品定めするかのようにじろじろ眺め出す。いやらしい眼差し。
女は自分の裸を覗かれているようないたたまれない気持ちになる。

「安心してください。私の言う通りにすれば悪いようにはしませんよ」
企みと威嚇を含み隠したネコ撫で声で、主任は話しかける。
「よろしくお願いします」
女は、帰りたい一心で相槌を打つ。
「反省しているようだし、品物を買い取っていただけさえすれば、穏便に済ましましょう。事を荒立てるも荒立てないも私のサジ加減一つなんですよ」
主任はさっきの用紙をひらひらさせながら、急にくだけた口調で質問を浴びせる。

「奥さん、何歳なの?」
「33です」
「ぞろ目か。若く見えるけど、結構、歳なんだ。でも、女盛りだよな。果物なら旬、食べ頃だ。おいしそう。涎が出てくるよなんて、言われない?」
「言われません!」
「で、どこに勤めているの?」
「引っ越してきたばかりで、仕事を今探しているところなんです」
「奥さん、水商売なら、すぐ雇ってくれますよ。お店決まったら教えてください。私、行きますから」
「水商売で働くつもりはありません!」
「で、結婚はしているの?」
「いえ、離婚して今は一人です」
「どうして離婚したの?」
「関係ないでしょう!」
女、こいつ、壊れていると薄々感じ出し、アホらしくなり始める。
「旦那の浮気? それとも、セックスの相性が悪かった?」
「・・・・・」
「お子さんは?」
「いません!」
「ほ~う、それは、それは。お寂しいですね、夜は、いつもは何をしているの?」
「テレビを見たり・・・、本を読んだり・・・」
「もったいないなあ。私、おつきあいしますよ。この辺りはまだよくわからないですよね。良いお店を知っています。一緒にお食事しない?」
吐き気がしてきた。
「結構です! もういいですね!」
「それにしても美人だ。いい身体をしている。おっぱいも大きい。ブラのサイズは?」
「・・・・・」
こいつ、危ない性格だ。女は確信する。
「パンティの色は?」
「・・・・・」
「パンティは何日くらいはいてるの?」
「・・・・・」
「私、体臭フェチなんです。体臭は強い方?」
「・・・・・」
「私、脇の下やあそこの匂いが大好きなんです。髪の洗わない女の匂いなんか、たまらないんです」
「・・・・・」
女の身体に顔を近づけて、鼻をひくひくさせる。
「うぅ~、奥さん、いい匂いしている。息苦しくなる」
机の上に置いた、女の汗をぬぐったハンカチを鼻先にあて、うっとりと目をつぶる。
間違いなく変態だ。常軌を逸した質問と行動に、女は薄気味悪くなる。
「独り寝なんてもったいない。私、慰めてさしあげてもいいんですよ」
とうとう、女は耐え切れなくなった。立ち上がる。

「いい加減にしてください!! セクハラですよ。私、もう帰ります!」
「そう邪険にしていいのかな。面倒臭いことになりますよ」
「もういいわよ。警察でもどこでも突き出してください。今あったこと、ありのまま、話しますから」
主任、慌てる。
「わっかりました。今日はもういいでしょう。今度、万引きをしたら、そのときは、自動的に警察のお世話になることになります。くれぐれも、やましい心を引き起こさないように。いいですね。じゃあ、お帰りになって結構です」
女は憤然として、主任の方を見ようともせず、出ていく。
「ただ、いいですか。何か不審な点が出てきましたら、電話致しますので」
背後から言葉が追いかけてくる。ゾワっと寒気がした。





               ・・・・・・・・★4・・・・・・・・
車道から植え込みで隔てられた細い道。スーパーのポリ袋をブラブラさせ、前を歩く女子高校生の賑やかなグループを見ながら、内野はぼんやり歩いていた。

ブレーキの音と同時に、後ろから、いきなり自転車が突っ込んでくる。右太腿に衝撃。体勢を保つことができず地面に倒れ込む。
なんだ。なんだ。なんだ。
打ったのか。膝に激痛。立ち上がれない。掌に血がにじんでいる。
「すいません。お怪我はありませんか、大丈夫ですか?」
自転車の女性がひたすら謝っている。
「大丈夫じゃないよ」
不注意な女だ。むっとする。怒気を含ませて答えた。
「本当にすみません」
女の手助けでやっと立ち上がる。背の高い女だ。顔が眼の前にきた。
強縮する顔をまともに見る。どきっとした。さっきの女。スーパーの万引き女。

立ち上がったものの、膝が痛んでうまく歩けない。
「痛ててて。どこか腰掛けるところないかなあ。ちょっと休みたい」
「私のアパート、すぐそこです。休んでいってください」
女は30メートルほど離れたモルタル造りの建物を指す。このまま家までは歩いて帰れそうにない。
この女、どんな暮らしをしているのか、興味も湧いていた。
行きがかり上、ほっておけない女。宇宙の彼方からやってきた同じ方言を話す異星人。
孤独な男の気紛れな探究心? 色呆け老人の好奇心? 動揺する心。

「そうですか。しばらくは歩けない。ちょっと休ませてもらおうかな。落ち着いたら、タクシー、呼んでくれる?」
「わかりました。本当に申し訳ありません。私の不注意です。治療費はお支払いします」
「そんなもの、必要ないよ」
なんと女は大胆にも私の腕を取って肩に回し、支えとなってゆっくりと歩き始めた。身体の接触にあまり抵抗を感じていない。
「いえ、それでは私の気が済みません。支払わせてください」
かなり強情な女だ。
「そうかい。じゃあ好きなようにしてくれ。でも、私はこのくらいで医者には行かないよ」
「・・・・・」
「それより、厚かましいかもしれないけど、お茶を一杯、ご馳走してもらえんかな?」
「もちろんです。それから傷の手当てもいたしますわ」

女の部屋は2階だった。階段を上がるとき、女の肉付きのよい肩、弾力性のある臀部に身体が強く接触。微妙な気持ちよさを味わう。まあ、いいや。この役得で勘弁してやろう。
ドアの前で鍵穴に鍵を差し込みながら、女、躊躇する。
「すいません。ちょっとだけここでお待ちになって。部屋を片付けてきますから」
「その必要はない。気にしないよ」
「このところ気持ちが落ち込んでいて、部屋を片付ける気にもならかったんです。部屋の中、ゴミ箱同然なんです。メチャクチャなの。散らかり放題でびっくりするわ。私、片付けできない女なんて思われるの癪ですわ」
大雑把な女と思いこんでいた。案外常識的なんだ。
「わかった。待たせてもらおう」
内野は外壁に手をついて痛む膝に負担がかからぬように身体を支えていた。隣りの部屋の若い女が、少しニヤついて通り過ぎていく。興味深くいわくありげな視線を感じる。何か悪いことでもしているようで、胸の鼓動が早まっている。3分ほどして内側からドアが開かれる。
「まだ散らかっていますけれども、なんとか片付きましたわ。どうぞお入りください」
「そうですか。じゃあ、お邪魔します」
いよいよ、秘密の花園に踏み込む。意思とは裏腹に、心が昂揚しているようだ。
「そこのソファーでお休みください。コーヒーがいいですか? それとも、紅茶がいいですか?」
「そうだなあ。じゃあ、コーヒーをもらおうか。すまないねえ」
心を鎮めてなにげなく答える。心の動揺を見透かされまいとわざとよろけてみる。女はすぐに手を取りソファーまで導いてくれる。温かい柔らかな手の感触。子供の頃の母の手を思い出す。安心感。それだけで癒される。
「いいえ、とんでもございません。私のせいでお怪我させてしまって。本当に申し訳ありません。まだ、相当、痛みますか?」
「痛み、少し引いたかな」
ソファーに座ろうと上に置かれていた新聞をよけると、脱ぎっぱなしたパンティーが現れる。動揺した。が、そこは歳の功。わざとユーモアをこめて指先で摘まみあげ、しげしげと眺める。
「あれぇ、こんなところにこんな物体が。久し振り見たんでドキッとしました。刺激的で、感動的だなあ」
鼻にあてて匂いを嗅ごうかと思ったが、そこまではしなかった。
「わあぁ。片付け忘れたみたい。私、一人でいると何もしたくないの。服も下着も脱ぎっぱなし。だらしないでしょう。恥ずかしいわ」
女はあわてて奪い取る。
「いやあ、なんだか、歓迎されたような気がしますよ」
「今すぐ、コーヒー、入れま~す。少しお待ちください。お砂糖は?」
「うんと甘いのがいいな」
身体が糖分を欲しがっている。興奮しているんだ。

「はい、甘~い甘~い珈琲です。じゃあ、飲んでいる間に傷口の消毒を致しますわ。どうぞ、おズボン、お脱ぎください」
女は、ベルトに手をかけ、有無を言わさず、ズボンを脱がせる。なんという女。間髪入れず傷口に薬を塗り始めている。その手際のよさ、あっけに取られた。

初対面の妙齢の女性の前で、パンツ一枚で珈琲を飲む男。情けないやら、恥ずかしいやら。思わず笑いたくなった。
やはり、子供の頃、擦りむいた膝小僧に母親にこんな格好で赤チンをつけてもらったっけ。温かい気持ちに誘われる。とにかく母性を発散する。凄い女だ。やっぱり宇宙人か。この女といると、退屈しないことだけは確か。

パンティーの脱ぎっぱなしは別にして、部屋は思った以上に片付いていた。几帳面な女なのだ。意外だった。
スーパーでは気付かなかったが、離れ気味の大きな眼。微笑み絶やさない大きめの口。微妙なバランスでなりたったコケテッシュな顔立ち。スポーツで鍛えたと思われる程よく肉のついた肢体。ふんわりと色気を発散している。
内野はクラっとしていた。中年殺し。いな、初老殺し。


「私を覚えていますか」
「えっ、どなたでしたっけ」
不審な表情。笑みを引っ込め、女は身構える。
「ごめん、ごめん。さっき、スーパーの2階でお見かけして声をかけて注意した者です。なんだか夢中になられていたようで、私に気づいてもらえなかったみたいですね」
性器を触って遊んでいたのを見つけられた子供のように、女は顔を真っ赤に染める。
「あら、とんでもないところを見られたみたい。どうしよう。私、あの後、スーパーの事務所に連れて行かれましたのよ」
「連れて行かれるところも見ていました」
「そこで、1時間以上、変態男の主任にネチネチと絞りあげられたの。それでムシャクシャしていて。自転車に乗っても注意力散漫だったみたい。それであなたにぶつかってしまって。ごめんなさい。あら、いやだ。私、言い訳しているみたい」
「そうですか。それにしても、どうして、あんなこと、あんなことって万引きのことですが、なさっていたんですか。今のあなたからは、想像がつかない」
「私にもよくわからないんです。あのときは心の中に別の人間がいたような気がするの。気がついたら、品物をカバンに詰め込んでいたんです。事務所でもそう言ったら、相手にもしてもらえませんでした。あなたも信じてくれませんわよね。心の奥に別の人間が眠っていて、何かの拍子にタガが外れて出てくるということを」
「信じますよ。深い悲しみや孤独がきっかけでそのようなことが起こるかもしれませんね。二ヶ月前の私だったら、同じようなことをしていたかもしれません」
「えっ、どうして?」
「私、妻と息子を自動車事故で亡くして、一人ぼっちになったんです。生前の妻と息子には冷たく接していたんです。落ち込んで、落ち込んで、落ち込んで、生きるのが嫌になっていました。医者にかかって重度の鬱病と診断されました。治療の効果が出て徐々によくなって、やっと外にも出られるようになったんです。最近、普通の生活がなんとかできるようになったんです。まだ治療中で、何時ぶり返すかわからないのですが。だから、あのときのあなたの心理状態、なんとなくわかるんです」
女の顔に親しみが広がる。
「お宅も大変だったのね。あら、お宅って言っちゃったけど、変かしら」
「あっ、そうだ。自己紹介しておきます。内野、内野忠雄って、言います。この先、歩いて5分くらいのところに住んでいます。病気になってから、仕事は辞めました。現在、無職です。63歳のジジイです。以上です」
「ジジイだなんて。まだまだお若いわ。そうね。じゃあ、私も自己紹介。私、遠藤奈津と言います。33歳。主婦でしたが、離婚しました。私もつらいことがあったんです。まだ、その思いを引きずって生きています。寂しくて、寂しくて・。つらくて、つらくて」
「そうか、やっぱり思っていた通りだ。信じてくれないでしょうが、最初、貴女を見たときから同じ匂いがしたんです。話してください。全部、話して吐き出してください」
「うれしいわ。私、言いたいこと、たくさんたくさんあるんです。全部、ため込んでいたんです。私も鬱病なのかしら」
「じっくりお話、聞ますよ。私、時間だけはたっぷりありますから」

奈津に何の下心もない親近感を感じていた。私と話しているときの何の警戒感もない穏やかな表情から、奈津も同じ気持ちでになっているみたいだ。
「今夜、何もかもぶちまけてしまいますわ」
「受け入れ準備、OKで~す」
「これから夕食を作ろうと思ってたの。よろしかったら、夕飯、一緒に食べていらっしゃいません? 私、一人で食べるのが淋しいわ。お聞きしたいこともたくさんありますし、鬱についても教えていただきたいわ」
「いいですね。夕食、御馳走してくれるんですか。ありがたい。帰っても、私も一人。途中、コンビニで何か買っていこうかと思ってたんです」
「じゃあ、これから夕飯の支度しますね。久し振り作る気が湧いてきましたわ。でも、材料があまりないの。期待しないでくださいね」
「何でも結構です。誰かと食事できるなんて、それだけでうれしい。それも貴女のような美しい方とだなんて、宝クジが当たった気分です」


奈津は冷蔵庫から食材を取り出した。内野は思わぬ方角への展開に夢でも見ているような気分になっっていた。女性の部屋で夕食を共にする。いけないことをするような、わくわくするような、長い間忘れていた感情。

「あの~、しばらく時間がかかりますわ。その間にお風呂に入られたらいかがかしら?」
「とんでもない。夕飯を御馳走になるだけでもずうずうしいのに、お風呂をいただくなんて、とてもできません。なんか物欲しげなエロジジイみたいです」
「ご心配なく。私、そんなにウブに見えるかしら? 開放的でさばけていてよ。それに、内野さんなら安心よ。それくらい、男を見る目はありますわ」
「恐縮です。わかりました。あなたを襲うよなことはありません。というか、その気になっても、もう男性の機能が働かないんです。ああ、実に歳をとるということは残酷なことなんですね」
「あら、私、その機能とやら回復させてみようかしら。ウフフ」
思った以上に、男の心を惑わせる、柔軟さを持ち合わせている。内野はうれしくなった。話が弾みそうだ。
「鯖があるんですの。味噌煮、食べられますか?」
「もちろんです。大好物です」
「あら、よかったわ。でも、料理の腕はかなりひどいことよ」
「いえ、あなたと食事を共にできるんでしたら、どんな料理にも耐えられます。あれ、私、なにか失礼なことを言ってしまったのかな?」
「いいえ、ちっとも。安心して料理できますわ」

奈津は、風呂の用意をしにいった後、しばらく料理に集中する。さすが結婚経験者、手際がいい。なんだか恋人としてここに何度も通っていたことがあるかのように錯覚する。

「もうすぐ、お風呂ができますわ。私、料理を作っています。どうぞ、お入りになって」
「いいんですか。かたじけない。それじゃ、遠慮なく、お風呂いただきま~す」
奈津、手を拭いてタンスの引き出しをあける。
「お風呂から出たら、私のパジャマをお使いください。洗濯してあります。内野さんと私、同じくらいの体型ですよね。ピンクですけど、きっとお似合いになりますわ」
「ウワァ、ピンクですか。生まれて始めて着る色かなあ。心が弾む。でも、あなたのパジャマを着るなんて、まるでパトロンみたいだなあ」
「あら、このまま、パトロンになってもよくてよ」
「パトロンって、お手当てを払うんですよね。お手当ってどのくらいが相場なのだろう。仕事のない私には、経済的に無理かも」
「私、高くてよ。でも、試用期間はただにしてあげてもよくてよ」
「で、どんなサービスが期待できるの? セクシャルなサービスは必要ないし・・・」
「ウフフ。じゃあ、お茶を飲んでのお話相手。お食事の用意。これって、囲われ女のすることじゃないわよね。そうね。マッサージもできてよ。内野さんの心を癒すあらゆることをさせていただくわ」
「なんだか、とても魅力的に思えてきた。一考の価値があるな」
「あら、そう。じゃあ、前向きに検討お願いいたしますわ」
「じゃあ、お風呂に入って検討してきま~す」

「あっ、そうそう、忘れていた。それに、特別サービスの、男の象徴再生プロジェクト。私、エキスパートなのよ」
「・・・・・」
# by tsado13 | 2011-10-25 16:47 | ゆるい女

ゆるい女(その3)

               ・・・・・・・・★5・・・・・・・・
風呂からあがり、ピンクのパジャマをつけるのはさすがてれくさかった。が、自分からは見えない。内野が上気した顔で居間に出ると、テーブルの上に食事の用意がされている。ご飯と味噌汁、鯖の味噌煮、茄子の煮びたし、ポテト・サラダ、白菜の浅漬け。趣味の良い皿や小鉢類の上に盛り付けられ、二人分、整然と並べられている。奈津は美的センスも相当なものだ。内野は奈津という女にずんずん引かれ始めていた。この女を袖にした元夫という奴は、ものの価値がわからない気の毒な男だ。内野は心から同情した。

「ワーオ、おいしそう。ジジイに優しい和食系だね。ありがとう」
「私、コテコテの肉食系の洋食派に見られるんだけど、どちらかというと、和食派なのよ」
「気が合うと思ったら、食事の好みも似ているんだ」
「そうよね」
「でも、このパジャマ、滑稽じゃないかなあ」
「あら、とてもお似合いよ。可愛らしいわ。ウフフ」
「それって、素直に褒め言葉としてとっておいていいのかな?」
「もちろんよ」
「一本、350円の安いワインだけれど、よかったらお飲みになる?」
「ジジイ、あなただから正直に言うけど、実はワインの味なんてまったくわからないんだ。安くても高くても、皆、一緒。だから、もちろんいただきま~す」
「嫌よ。またジジイだなんて。そんな卑下なさった言い方。私、嫌いよ」
「別に卑下しているわけじゃないんだけどな。ジジイだから、ジジイって自分のことを素直に表現して悪いのかなあ。遠藤さん」
「あたし、ジジイって、響きが嫌いなのね。じゃあ、どうかしら? ジイジっていうのは。可愛らしいわよね。ニックネームみたい。私、気に入ったことよ。それから、私、遠藤さんって呼ばれるの嫌だなあ。堅苦しいわ。私も内野さんって呼ばない。これからはジイジって呼ぶわ。いいかしら?」
「もちろん、いいさ。なんか気楽に話ができそうだな。で、私は遠藤さんのこと、なんて呼べばいいのかな? 奈津さん、それとも、ナッちゃん」
「まだ少し他人行儀だわ。そうね。私を奈津と呼び捨ててくださらない?」
「恋人みたいで、ちょっと恥ずかしいな」
「そんなことないわよ。娘を呼ぶみたいに呼んでよ。じゃあ。練習よ」
「ジイジ、私達、良いお友達になれそうね」
「奈津、私もそう思っていたんだ。いやあ、やっぱり、てれくさい。奈津さんじゃ駄目かな?」
「駄目よ。じゃあ、平等に、私もタダオって呼び捨てすれば呼んでくれる?」
「ちょっと、ちょっと、それだけは勘弁。奈津って呼ぶから」
安いワインの酔いも手伝って、口が滑らかになってきている。
「じゃあ。もう一度、練習よ。ジイジ、私を呼んで」
「奈津、このワイン、本当は1本数万円の高級ワインだろう。旨い。実に旨い。何故だ? 何故だ?」
「いいわよ、ジイジ。『私と飲んでいるからよ』と言わせたいの?」
「奈津、ピンポーン!」
多少ぎこちないのは仕方ない。時々、視線を合わせては微笑みあう。なんだか気のおけない友達の雰囲気。お互いの心に温かいものを感じ合えた。知り合って時間もまだあまり立っていないことを思うと不思議。
神様は時々予想外の運命の瞬間を演出なさる。選ばれし者二人。赤い糸ではなく、幸せな時間を運ぶ、緑の糸で繋がっていた二人・・。

微笑をからめさせながらとる夕食。特別に何も語らなくともおいしい。こんな雰囲気、ずっと忘れていた。思い出せないくらい、遠い昔、経験したような気もする。
「この鯖味噌、おいしいなあ。何が入っているんだい」
「あててみて?」
「しょうが。それと蜂蜜?」
「それも入っているけれど、もっと取っておきの隠し味が入っているんだけどなあ」
「なんだろう。う~ん、わからない。ワインかな?」
「ちょっと違うな。さあ、なあんだ。なあんだ。当ててみろ。ジイジ。あてねえと許さねえぞ」
「奈津、ごめん。わからない。ギブ・アップ」
「しょうがねえなあ。教えてやっか。取っておきの隠し味は、あっしの愛情。へへへ。ジイジ、気がつかないなんて、こいつは高くつくぜ」
男のような、ぞんざいな口の聞き方。だんだん本性を表してくる奈津が可愛いく思えてくる。心を許してくれ始めているんだ。
「わかった、わかった。何でもプレゼントするよ。奈津。リカちゃんのお人形? それとも、熊のプーさんのぬいぐるみ? それとも、おままごとセット?」
「ジイジ、コノオ~。奈津、ヘンゼルとグレーテルのお菓子のお家がいいでちゅ。オメエ、絶対、買えよ」





               ・・・・・・・・★6・・・・・・・・
食事が一段落し、お茶を飲み出したところで、奈津は視線を落とし自分の身の上を語り始めた。そのときを待っていたかのように。
「私、ずっと一人ぼっちだったの。ずっとずっと気が狂いそうなくらいつらかった。孤独だったわ」
「私も同じだったよ」
「憂鬱で憂鬱で、ひたすら悲しくて、何度も死のうとしたの。でも、生きていてよかった。ジイジと知り合えたんだもの」
「私たち、今こうしていると、知り合うべくして知り合ったような気がしているんだ」
「そうよね。私もそう感じるわ」
「私、職場の同僚と22歳の時、結婚したの。始めの数年はとても幸せだったわ。結婚2年目で男の子ができたの。うれしかった。夫が龍馬と名づけたのよ。可哀相に、龍馬、名前に逆らうような運命だったわ」
「夫は高知出身のスポーツマン。単純でわかりやすいイケイケ男だったわ。私も高校時代、バレーボールに打ち込んでいたし、若いときはそこに惚れたのよね」
「でも、生活の塵芥のようなものがたまっていくうちに、この人って違うんじゃないかと思いはじめたの。しっくりとしない何かが二人の間に割り込んできたわ。私も彼も若かった。つまらないことで諍いあうようになっていった。殴り合ったり叩き合ったりすることもしょっちゅうだったわ。二人とも直情径行型だったの」
内野は聞き役に徹っしていた。こういうときは口を挟まないで全部吐き出してもらうのが一番いい。精神科医とのカウンセリングで経験的に知っていた。
「あのことさえ、起きなければ、不満をいだきながらも、目が夫から子供の方に移り、世間並みの夫婦のようになっていたと思うわ」
奈津の目から清浄な液体が一筋流れ出し、声がかすれて震えている。思い出すのもきつそう。
「3歳のとき、龍馬が急性リンパ性白血病にかかっているってわかったの。小児ガンよ。つらかった。代ってあげたいと思った。涙の枯れる日はなかったわ。夢中だった。今思うと、あっという間の5年間。でも、子供と気持ちが繋がっていたという点だけが唯一の救いだった」
「夫は仕事をして稼ぐことが自分の役割と勝手に決め、龍馬の世話と看病を私に丸投げしたのよ。そのうち、女がいるらしいとわかったわ。私、始終イライラして病気の龍馬にもあたるようになったの。ひどい女でしょ。夫が離れていったらどうしよう、不安がつのって、毎日、沈んだ気分でふさぎ込んでいたわ。それが龍馬の病状にも影響したのかもしれないの」
顔は涙でくしゃくしゃになっている。涙声でポツリポツリ語る一言、一言。内野の心を揺るがした。

「5年の闘病の甲斐もなく、半年前、龍馬は眠るように息をひきとったわ。喪失感から今も抜け出せないでいるの。自分を責めて責めて責めて、責め抜いたわ。今も責め続けているの。小児ガンの生存率が上がってきているのに、龍馬がああなったのは、私がいけなかったからなんだわ。ジイジ、私って、生きている価値のない女なのよ」
内野は、自分のことを言われているような気がして、返す言葉もなかった。こらえていたのにいつしか一緒に涙を流している。奈津の頬を優しく掌で挟み、涙で一杯の奈津の瞳を涙の瞳でじっと見つめる。そうすることしかできなかった。何を言っても嘘になる。ただじっと見つめて一緒に悲しむだけ。奈津も見つめ返してくる。心が繋がった。言葉では伝えられないもっともっと強い語らい。
「奈津、君は少しも悪くない。自分を責めることはもうよそう」
あれほど言いにくかった奈津という言い方が自然と口をついて出ていた。
「その郷土の英雄の名を息子につけた夫はどうしていたんだ?」
「彼もつらかったんだわ。仕事と女に逃げていたのよ。私に協力する気も失せていたみたいだった。開き直っていたわ、けれども、最近、思うの。逆にそれが彼の精一杯の思いやりだったような気がするの。私につらい顔を見せない。私と龍馬の間に割り込まない。だから、彼を今は恨んでないわ。彼も十分に苦しんでいたのよ」
「奈津。君って優しいんだなあ。こんな君の素晴らしさがわからないなんて、その元夫って奴は大馬鹿野郎だよ」
「龍馬が亡くなったとき、二人は話すことは何もなかったわ。心はとっくに離れていたし、一緒にいる理由は何もなくなった。身内だけの葬儀の後、離婚を決めたわ。すぐに手続きもとった。二人の家族の話し合いで、私のもとに、少しまとまったお金が入ったわ。だから、今、こうして働かないで生活できているの」
「彼には、そうする理由があったみたい。もう付き合っている女性がいたみたいだから。慰謝料だったのかしら。でも、そんなもの、必要なかったのにね。龍馬が旅立った時点で二人は、赤の他人になっていたのよ。何の未練もないのにね。離婚できて清々しているのはこちらの方なのにね。ウフフ。ジイジ、私、儲かっちゃったわ」
奈津は、優しい穏やかな目で見つめてきた。

可愛い女。
この女性を大切にして行こう。我が同志、奈津。


「奈津、さっきのパトロンの件だけど、あれはやっぱり無理だなあ。第一、奈津がそういう立場に満足できる女性じゃないってこと、ジイジは言われなくてもわかってるよ」
「そうね。でも、私、仕事がちゃんとできるかどうか、今はすっごく不安なの。お金も減る一方だし・・・、ジイジのような優しい人の傍にいられるなら、落ち着くまでは囲われ女でもいいかなって、思っちゃったみたい」
「奈津、君は間違いなく鬱病にかかっている。まだ働くのは早すぎる。後、半年はゆっくり休んだ方がいい。焦っては、状況を悪くするだけだ」
「ジイジ、私、どうすればいいと思う? やっぱし、囲われちゃおうかしら。ウフフフ」
「で、お願いがあるんだ。もし、嫌でなかったら、我が家に、毎日、決まった時間、お手伝いさんとして、働きにきてくれないか。炊事、お掃除、洗濯かな。もちろん、相応のお給金は支払うよ。気分の悪いときは、部屋はたくさんあるから自由に休んでいい」
「今まで、姉と妹が交互に世話を焼きにきてくれていたけれど、二人とも家庭もあるし、これ以上、迷惑をかけられない。で、家政婦派遣所に電話しようと思っていた矢先なんだ」
「うれしいわ。ご迷惑じゃなければ、是非、そうしたいわ」
「迷惑だなんてとんでもない。大歓迎だ。君という魅力的な話相手がいるだけで、ジイジも、精神的にずっと楽になる」
「私も同じよ」
「これ、私の医者の受け売りなんだけれど、鬱病治療で大切なことは、一人で考え込まないこと、焦らないこと、自分を責めないこと、病気だと認識すること、なんだそうだ。奈津はジイジの大切な友達。パトロンにはなれないけど、何でも相談に乗る友達にはなれるからね。その代わり、君の明るいキャラでジイジを癒してくれれば、それだけでいい」
「あんがと。ジイジ。なんだか、また泣きそうになってきたわ」
「どうだろう、私の通っている精神科医のところにも通ってみたら」
「ええ、落ち着いたら、そうするわ。でも、ジイジと一緒にいるだけで、私、よくなりそうな気がしてる」
「じゃあ、明日、姉と妹に電話するから、明後日から来てもらおうか」
「ええ、お願いします。で、ジイジ、ボーナス、出るか?」
「バ~カ、出るわけないだろ」

「奈津は子供の病気というストレスをかかえてよく頑張ったよ。本来なら、元夫君がストレスを分かち合わねばならなかった。それなのに奈津に新たなストレスを与え続けた。僕から見れば、最低の男だ。別れて、大正解だよ」
「そっか。最低男から逃げ出せたんだ。私って、ラッキー」
「君は、何でもプラス思考で行動する。きっと明るくて活発なお嬢さんだったんだろうな。想像がつくよ。でも、どんなに明るく元気でも、耐えられるストレスには限界があるそうだ。心が傷つくということはごく普通のことなんだよ。人の心は繊細で傷つきやすいものなんだ」
「私、スポーツやっていたんで、自分が沈んだ気持ちになるのは根性が足りないからだと思って、さらに落ち込んだの。眠られない夜も何夜もあったわ。人間なら誰でも傷つくんだと聞いて、気持ちが楽になった。ジイジは私の救世主よ」
「休むことに罪悪感を抱いてはいけないよ。困ったときはお互い様さ。ボーナスは出せないけど、電話さえくれれば何時休んでもいいからね」
「心理療法士でなくとも、共に歩んでくれる人がいれば、喪失と悲嘆の状態から抜け出して新しい生活が始められるんだそうだ」
「ジイジ、共に歩んでくれる?」
「もちろんさ」
「深い悲しみに苦しんだ人が、生きていく意味を見つけていくためには時間が必要なんだ。これ、奈津に言っているだけじゃないぜ。自分にも言い聞かせていることさ」
「ジイジ、生きていく意味、一緒に探していこうよ」
奈津の同胞になって、悲しみによる心の麻痺状態を解放してやろう。それに、奈津なら自分の心の麻痺も取り除いてくれそうな気がする。

「欝は自分一人で治すことはできないのだそうだ。誰かに助けてもらえということだ」
「ジイジ、助けてくれるわよね」
「合点、承知乃介よ」
「でも、ジイジに助けてもらうばかりじゃ、あっし、納得できねえぞ。ジイジ、あっしに手伝ってもらいたいことねえか」
「もう、十分に助けてもらってるよ。おいしい珈琲、おいしい食事。でも、とりあえず、今はもう何もないな」
「そうか、つまんねえな。いや、あったぞ。あったぞ。あったぞ。ジイジを助けてやれることが。フフフ」
「なんだい? それ」
「ジイジ、立たないんだったよな。いろいろあって、自信喪失して,立たないんだぜ、きっと。心理的問題よ。ジイジ、まかせとけって。あっしが立たせてやっから。自信回復させてやっから」
「奈津、君は可愛い顔して、どうして、そんな露骨な言い方しかできないんだ」
「へへへ、しゃあないだろ。性格なんだから、そんなら、ジイジのインポテンツ克服作戦、男性機能回復作戦にとりかかっか。これなら、いっか? 露骨じゃねえだろ」
「たいしてかわりないよ。奈津」
ジイジは奈津の天衣無縫さが可愛くてしかたない。


「今、私のところに、わけありの若いフィリピン女性がいるんだよな」
「えっ、どういう人? ジイジの本物の囲われ女?」
「ば~か、そんなんじゃない。そこまで、ジイジ、無節操じゃない。でも、その子、どう見ても妊娠しているんだ」
「クゥエ~、やるじゃん、ジイジ。すっごく、面白そう。ジイジの家に行っても退屈しないで済みそうだな」
「えっ、何かい。じゃあ、私だけだと退屈しちゃうんだ」
「ごめん、そんなことねえよ。ちょっと口が勝手に動いちゃっただけ。いけないな、この口」
奈津、軽く、口の上をたたいて折檻の真似。
「でも~、そのうち、この口がジイジのために大働きする筈。許せや」
「何か、言った?」
「いや、何も。秘密、秘密。本当に、あっしって口が軽い」
奈津、今度は両手で口を塞ぐ。


「で、そのフィリピン人の子も、今、深く傷ついているんだ」
「何かい。そんじゃ、ジイジの家には、深い心の傷をかかえた3人の人間が生活していくってことになるんか?」
「そういうこと」
「そいじゃ、奈津も、先輩として、その子、助けてやるよ」
「奈津、頼む」
「で、そいつとジイジはどんな関係なんだ? ちょっと、妬けるぞ。でも、少しだけだぞ。いい気になるなよ」
「奈津、その子、死んだ息子の恋人だったんだ。お腹にいるのは息子の子供らしい。その辺も聞き出してもらいたいんだ」
「ワーオ、劇的展開。最高、面白そう」
「奈津! いい加減しろ」
「ごめん。反省しま~す」
「その子、まだあんまり日本語通じないんだ。奈津、英語、少しは話せるのか? どうせ学校でろくすっぽ、勉強しなかったんだろ」
「まあな。でも、見損なうなよ、あっしのこと。アメリカの黒人男と1年半ほどつきあったことあるんだ。ぶっとくて長いったら、そりゃ、もう、ジイジの三倍くらいはあったよな。関係ないっか」
「奈津、もう、その露骨さ、ついてけないよ」
「だから、ブロークンな英語ならちょっとしたもんよ。寝室系の英語なら、ジイジだって、あっしの語彙力には多分対抗できないぜ」
「おみそれしやした」
「それに、その子にたっぷり日本語、教えてやるって。その黒人、私と暮らしたおかげで日本語ベラベラになったんよ。奈津、日本語、教える才能があるみたいなんだ」
「ちょっと待てよ。奈津に日本語を習うって、それって、ものすごく恐ろしいことじゃあないか」
「ちょっと乱暴だけどな、心の優しい日本語、べラべラに話すようになるはずだ」
「ペラペラでなくべラべラか。なんとなく納得してしまうな」
「そう、べラべラによ」
「な~るほど。擬態語の表現というのも微妙なんだなあ」
# by tsado13 | 2011-10-25 16:42 | ゆるい女

ゆるい女(その4)

               ・・・・・・・・★7・・・・・・・・
夜8時。夕食の後片付けを終えた奈津、軽いジャズ音楽を聞きながら洗濯物をたたんでいる。ジイジ、欠伸をかみ殺す。眠い。もう家に帰らなければ。
「奈津、そろそろ、おいとまするよ。久し振りの満腹感。眠たくなった。いつもなら、もう寝ている時間なんだ」
「ジイジ、まだ早いよ。眠かったら少し横になったら。膝枕、してあげようか」
「そうもいかないって」
「お堅いんだから」


奈津の携帯がなる。
「私、駅前のスーパーの警備主任の中村で~す。お元気ですかあ」
「えっ、どなたでしょうか?」
「お昼、お会いしたでしょ。実はですね。困ってるんですよ。奥さんにお帰りいただいたのはいいんですけど、万引きしたお品のお代金をいただくのを忘れてました」
「そうよね。いつでも払いますよ」
「そうですか。じゃあ、これから、御宅にいただきに伺いま~す」
「それは困ります。今、何時だと思っているんです?」
「でも、奥さん、今、いつでも払うと言ったじゃないですか」
「言いましたけど、常識ってものがあるでしょう」
「すいません。私、職務に忠実でしてえ。仕事を翌日に引き延ばさないのが主義なんです」
今夜は、ジイジがいるからいい。いなかったらどうしただろうか。
「わかりました。じゃあ、すぐ取りにきてください。おいくらですか」
「4873円で~す。じゃあ、これから、伺いま~す」

「ジイジ、昼のスーパーの変態男よ。これから盗った品物の代金を取りにくるというのよ。まるでストーカーよ。警察に連絡しようか」
「今日はいいよ。私が撃退してやる。でも、今夜だけは奈津のパトロンということになるよ」
「ええ、いいわよ。今夜だけという条件、なくしてもいいんだけど」

5分ほどしてドアのベルが鳴る。
「奥さん、今晩は。待ちました?」
「待つわけないでしょ」
目をキョロキョロ、鼻をひくひくさせ、匂いを嗅ぎまわっている。まるで、盛りのついた犬。
「う~ん、いい匂い。完熟した水密桃の匂いがする。私、くらくらして目まいがしてきます」
「ふざけないでください。はい、5000円。おつりはいいですから」
「奥さん、そんなにつれなくしなくてもいいでしょ。奥さんの身体から発散するフェロモン。濃厚だ。たまらない」
「・・・・・」
「でも、奥さん、今、メンスでしょ。ああ、この匂い。もうこれだけで、そそり立ってくる」
鼻をくんくんさせ、うっとりとした顔を胸元に寄せてくる。奈津はあわてて身体をひく。
「でも、変だなあ。この部屋、男の匂いも混じってる。奥さん、時々、男を連れ込んでいるってわけですね。すました顔してなかなかやるもんだ」
相変わらす鼻をひくつかせ、嗅ぎまわっている。
「なら、俺も上がってもいいだろ。時間はたっぷりある。可愛がってあげてもいいんだえ」
「何よ、あんた! いい加減にしなさいよ。あなたあ、来てえ!」
ジイジは出番と心得た。
「おい、君。他人の家に承諾なしで上がると、住居不法侵入で逮捕されるよ」
「おまえは誰だ」
「ここの女性の男だよ」
「あの女、独身と言ってたぞ。嘘をついたんか」
「嘘じゃない。俺はパトロンさ。わかったら、さっさと帰んな。これ以上、しつこくすると、君のスーパーの人事部に報告するよ。まだ、仕事、失いたくないだろ」
「わかったよ。スケベジジイ。若い女、たぶらかして。ピンクのパジャマ、着やがってよ」
「ご苦労さん、じゃあな。二度とあの子の周り、うろうろするなよ。でないと、本当に仕事失うよ。今、不景気だから、職探し、大変だぞ」
「この野郎。これから、あの女といちゃつくんだろ。お前だけいい思いをしやがって、クソッ!」
男はしぶしぶ出ていった。奈津は、ドアにロックをする。
「変態よ。あいつ。あんなジジイのブツより俺のブツの方が気持ちいいぞだなんて、ドアの向こうから叫ぶのよ」
「でも、それは真実かもしれないな」

「ジイジ、女は肉体だけで感じんじゃねえぞ。心理的なものも大きいんだ。ブツが大きくて上下運動が激しければ良いっつうもんでもねえんだ」
「奈津、その露骨な言い方、なんとかしてくれ。やっぱりドキッとさせられる」
「刺激的でいいじゃねえか。ジイジには適度な刺激が必要だもんな。オイラの見立て、結構、当たるんだぜ」
「それは、確かに当たってる。けどな・・・」
「とにかく、あんな変態に抱かれると思うだけで鳥肌が立ってくる」
「鳥肌って、良い気分の時も立つんじゃないか。奈津」

「でも、なんだか、可愛そうな男だな。確かに気味の悪い男だけど、対応さえ間違えなければ、積極的に害を振りまく危険な男でもないみたいだ」
「ジイジ、変態の肩を持つんか。変態の友達は変態だぞ」
「あの匂いに対する敏感さ。天才的だ。職業を選べば使えそうな気もする。もったいないなあ」
「何よ。私のメンスを言い当てるのって、天才的なことなの」
「僕らみたいに、何らかの心の傷があるのかもしれない。誰にも光の部分と影の部分がある。人は光と闇、愛と憎しみが入り混じった存在だって認識する必要はあるな」
「ジイジ、時々、学校の先生みたいな物の言い方するな」
「奈津の気づかぬ闇を探し出すから、奈津もジイジの闇を教えてくれないか。欝の克服には大いに役立つと思うよ」
「難しいそうだけど、やってみる」


「私、やっぱり、こわいわ。あいつ、正統派の変態だもの。お願い。今夜は泊まっていっていただけない?」
「う~ん、考えちゃうな。私は良いんだけど・・・、独身の女性のところに二人っきりで寝るということは・・・」
「何よ、ジイジ。ためらっちゃって。本当に堅いんだから。ジイジが襲ってきても撃退する体力はあるって」
「じゃなく、逆の場合を想定してる。その場合、情けない結果が見えている。ジイジは堅くないんだよ」
「バ~カ」

奈津の体温を感じ、肌を寄せ合って眠る。
ジイジにいつもの孤独感が襲ってこない。
一人じゃないって、素晴らしいことなんだ。今夜は眠れそう。

翌朝、遅くまで抱き合って寝ていた。久し振りの熟睡。
カーテンの隙間を通して入ってくる陽光で眼を覚ます。
「ジイジ、眠れた?」
「ぐっすりさ。奈津のテクニックに酔いしれたからかな。でも、明け方のあれって夢だったのかな?」
奈津はクックッと笑う。タオル・ケットから覗く悪戯っ子の眼。
「あら、明け方のあれって、私のフェラチオのこと。巧みで慣れた感じだったでしょう。へへへ、あたし、若い頃、風俗の経験あるの。わかった?」
「奈津がジイジのブツをしゃぶってくれているのを知ったとき、驚いたよ。そして、放射したとき感動した。まだ生きてる、まだやれるって実感したんだ」
ジイジにも奈津の直截的な表現が移ってきたようだ。
「ジイジも頑張ったじゃん。やれば出来る子だったのよ。ただ、自信を失くしていただけ。褒めてつかわすぞ」
「奈津、ありがとう」
「私、セックス、大好きだったのよ。若い頃はセックス依存症だったわ。男から男へと渡り歩いたの。フフフ」
問題発言をこともなげに言う。それが自然に聞こえる。不思議な女。
「私、体験的に理解しているんだ。男には自信を持たせてあげなきゃダメ。子供は褒めて育てるものなのよ」
「脅威だ。奈津は経験から学んだ実践的知識の塊だ」

「でも、もう子供を産むのはこわいわ。無理、無理。私のトラウマ。想像しただけで心が凍るの」
「大丈夫。ジイジの精液には、スペルマ一匹も泳いでいないって」
「そうよね。でも、一匹でも残っていたら、そのときはそのときよね。宝くじにでも当たったと思って、覚悟を決めるわ。そんな千載一遇のチャンス、逃せないわよね。ジイジのDNAを受け継いだ子供。私、欲しくなっちゃたのかなあ。ジイジ、今夜から、励めよ。毎晩だぞ」
「よせよ、奈津。今夜からって。ジイジを殺す気か?」
「違うぜ、ジイジ。新しい生命の誕生をかけての生産活動だ。殺すんじゃなくて生かすの」
「そうか、明朝も、ペロペロと舐めてくれるんか。楽しみだ。一日の生活に張りが出る」
「ペロペロと舐めるんじゃない。ベロベロとしゃぶるのよ」
「ペロペロでなくベロベロか。なるほど納得してしまう」
「そう、ベロベロだ。ジイジ、もっと言葉を大切にしろ」
「な~るほど。擬態語だけでなく、擬音語の表現というのも、難しいんだなあ」





               ・・・・・・・・★8・・・・・・・・
「奈津、このブルガリの財布、受け取ってもらえないだろうか。実は、奈津の万引きを目撃した日、美智子の誕生日だったんだ。新宿まで出ていってこれを買った帰り、君に出会ったんだ。美智子への最後のプレゼントとして買ったんだけど、これ、どうすればいいか、その処置に困っている。捨てるわけにいかないし」
「今まで通り、タンスの肥やしにしておけば。私、何度も、使い易そうだし、お借りしようかと思ったのよ」
「で、考えたんだ。あの日は、美智子の誕生日であると同時に、ジイジが奔放なアバズレ女に出会った記念日でもあるんだよな。だから、その記念として、奈津に貰ってほしいんだ」
「でも、美智子さんに悪いわ」
「それも考えた。でも、私も、美智子に、君のことを、ずっと負い目を持ってなど生きられやしない。この財布をプレゼントすることで、奈津と美智子が合一するような気がしてる。死んだ者の思い出に生きるより残されたものの再生の方が大切だ。奈津もこの家で負い目なしで生活してほしい。だから、この財布を奈津に贈るのは、心の傷ついた者の再生の儀式。少し自分勝手過ぎるかもしれない。でも、生き残った人間。それくらいの特権、駆使してもいいんじゃないかな」
「私と美智子さん合一するといっても、美智子さん、多分、貞淑でおしとやかで、私と全然、かけ離れたタイプじゃねえ。そんなの一体化できるかよ。それに、死んだ者の思い出なぞとほざいているけど、あっしには、ジイジの心に残っている美智子さんとの思い出、そんなにないような気がするんだよなあ。自分の良心を傷つけずに、美智子さんを切り捨てて、私に乗り換える、都合のいい理由を探しているだけじゃねえ?」
痛いところをつかれる。相変わらす、勘だけは鋭い。
「そうさ。あくまでも、ジイジの中で一体化。奈津が死んだ美智子を奈津色に染めればいいんだ。頼むよ。ジイジの魂を救うと思ってね」
「そうよね。ジイジも、この辺で美智子さんから自由にならなくちゃいけないわ。だから、私、そのブルガリのお財布、いただくわ。私、美智子さんから贈られたと思って大切に使う。ジイジもこのお財布で美智子さんと私が一体化したと思って、もう罪責感を置き去りにしろよ」
「やれやれ」
「ジイジと私の肉体の合一化プロジェクトはそれなりに順調よね。今度は、私と美智子さんの精神の合一化プロジェクトか。それが済すまないと、私、この家の住み心地が悪くって」
「どこがだ。あれくらい、自由奔放にしていて」
「あら、これでも、気にしてるのよ。美智子さんの高価なアクセサリー、自由に使ったりできないもの。プロジェクトが成功すれば、気楽に使えるものな」
「ったく」


出産予定日が1週間後に迫っていた。
「ジイジ、やはりステファニーのお腹の子、雅也さんの子に間違いないわ。ステフは、リサ姉さんへの裏切りと考えていて認めるのが苦痛みたい。私にはよくわからないけれど、家族の年長者に対する意識が日本とフィリピンでは違うみたいね」
「やっぱりな。どうすればいいと思う」
「苦しいけど、時間をかけて事実を受け入れてもらうしかないんじゃないかな」
「奈津、女同士の君に頼むのが一番いいみたいだな」
「まかしとき~な、ジイジ」
「奈津、君の言動には時々顔をしかめたくなる。けど、本当に頼りになる女だなあ。感謝してるよ」
「ジイジ、感謝してるか。ボーナス、出せよ」
「ったく、すぐそれだ。これとそれとは話が別だ」
「チェッ、ケチ」
「ああ、ドドケチジジイだよ。殴られたって、鼻血も出さねえぞ」

11月26日、午前3時27分。
阿佐ヶ谷の産院で、女の子が生まれた。
寝ずにつきあっていたジイジと奈津は、その瞬間、歓びが爆発した。
分娩室の外の廊下。
「やったあ!」
「やったな、ジイジ。おめでとう」
「ありがとう。奈津」
「これで、ジイジ、正真正銘のジイサンだな。初孫じゃん」
「奈津、それが違うんだ。二人目なんだ」
「ジイジ、どこに、そんな隠し子、じゃないか、隠し孫、いるんだよ。隅におけないな。昔の隠し女の孫か」
「そんな、隠し、隠し、言うなよ。人聞きが悪い」
「で、今度、その隠し孫、じゃない、一人目の孫に会いに、フィリピンに行こうと思っているんだ。驚くなよ。その子、雅也とステフのお姉さんとの間に生まれた子なんだ」
「わ~お、ビックリクリクリ、クリトリスだな。人間関係が緊密で錯綜している。小説みたいじゃねえ」
「そんなに錯綜していないだろう。緊密だけど、単純だ」
「雅也って、息子さん、やるじゃねえか。親子丼って言うんだろ。違うっか。姉妹丼っか。姉と妹、やっちゃったんだろ。おっと、ステフに聞こえてないよな」
「奈津! 場所と時間をわきまえろ。ここは産院で、ステフの赤ちゃん、生まれたばかりだろ」
「その通りだな。悪い。奈津って、デリカシーないよな。反省するだよ」
「その子。ジイジの存在、まだ知らないんだよ。そうだなあ。隠しジジイ、いや、隠れジジイってところかな」
「ジイジじゃねえか。隠れとか、隠しとか、言ってんの。んじゃあ、あっしも隠れ女になって、隠し子、宿してやっか?」
「奈津に隠し事などできないだろ。何にも隠さないのが奈津の最大の武器だ。その辺は本当にすごいと思う」
「っていうか、ジイジ、奈津の言動はもう少し隠した方がいいと思ってねえ?」
「わかってんじゃ、ないか」
「じゃあ、今度のフィリピン行きは、隠れジジイが正体を暴露する旅ってわけか」
「当たり!」
「あっしもついていきたいけど、今度ばかしはな。ステフと雅美の世話を焼いてやらないといけないものな」
「頼むな。奈津。頼りにしてるぞ」
「まかしときーって」
「でも、ボーナス出ないからな」
「チッ、先に言うなよ」


「ステファニー、生まれた子、我が家の籍に入れて育てたいんだけれど、どんなものだろう。つまり、ファミリーネームを内野としたいんだけれど、それでいいかな」
ステファニーは、一瞬、考えた。けれど、即答した。
「パパ、そうしてください。お願いします」
「パパに名前をつけさせてもらえないかなあ。是非つけたい名前があるんだ」
これにも即答。
「パパ、そうしてください」
「雅也の雅と、ママの美智子の美をとって、雅美としたいんだ」
「素敵な名前ね。雅也もママもきっと喜ぶわ」
もう雅也の子供であることを認めて表明している。女は母になると強い。ジイジはうれしかった。
「だから、内野雅美。区役所にはそう届けるからね。雅美には、雅也とママの分も幸せになってもらわないといけないね」
「そうね。パパ」
ステファニーは、穏やかに微笑んだ。


「ジイジ、二人の女の子のおじいさんになったのね。おめでとう」
奈津が言った。
「マニラのクリスは雅美のお姉さんでもあるんだわ。でも、私、リサ姉さんには、このこと告げられないわ」
ステファニーは、クリスと雅美の関係を自ら口にして、雅美の存在を主張し始めている。
「ステフ、雅美が家に帰って一段落したら、パパはマニラに行ってこようと思うんだ。いろいろと、しなければならない宿題がある。クリスのことも、まかしてもらえないかな」
「パパ、お願いします」
これにも即答した。母になったステファニーはえらく素直だ。
「ステフ、クリスは今、何歳だ」
「確か、もう15歳になった筈よ」
「どんな子だい」
「勝気で、頭の良い子よ。そう言えば、パパに似ているかな。私、パパに始めて会ったとき、クリスに似ていると思ったもの」
「可愛そう。その子。こんなジイサンに似ているの?」
「バ~カ、奈津。俺だって、15歳の頃は紅顔の美少年だった」
「そして、今は、厚い顔の厚顔のジジイ」
「奈津! 誰だい。寝ているとき、俺の睾丸、いつも触っているのは」
「ジイジ! ステフの前だろ。だんだん、あっしに似て恥知らずになってくる」
「良い子は、傍にいる悪い子に感化されるもんだ」
「ジイジ、俺の睾丸って、何のこと?」
「奈津に聞け」
「ジイジ、自分で言ったんだろ。自分で口にしたことには、説明責任があるんだろ。逃げるな!」
「ステフ、ごめん。人生には、知らない方がいいこともある」
「ジイジ、お前、キンタマの小さいやっちゃ」
すかさず、奈津。
「わかった。睾丸って、キンタマのことか。キンタマなら、雅也に教えてもらったよ。ステフ、いつも雅也のキンタマ、触って寝ていたもん」
「・・・・・」
「・・・・・」
# by tsado13 | 2011-10-25 16:37 | ゆるい女

ゆるい女(その5)

               ・・・・・・・・★9・・・・・・・・
結婚はしないが、家族として生きる。
奈津と内野の合意点だった。そこにステファニーが加わった。

血が繋がっていても崩壊した家族。そこらじゅうに、いくらでも転がっている。血が繋がっていないが、しっくりした家族。これもかなりの割合で存在する。
もともと、夫婦は血が繋がっていない他人。紙切れ1枚で家族になる。
生まれる前から、赤い糸でつながっていたと甘美な空想を信じる人もいる。
内野と奈津とステファニー。血が繋がっていない3人。
神の不思議な配剤の下で、家族になりかけている。
破綻した家族を持っていたジイジ。夫との間が破綻していた奈津。恋人との関係が破綻しかけていたステファニー。
皆、愛する人、愛した人との別れを経験し、つらい思いを抱えて生きている。
破綻、喪失を通して、家族の大切さを認識し、家族というものの存在に憧憬を抱いていたのかもしれない。


北阿佐ヶ谷の内野家の朝。
1階のジイジの寝室のダブル・ベッド。
皮肉にも、ダブル・ベッドがカップルで使われるようになったのは奈津が居候になってからである。
ジイジが目を覚ます。
隣りの奈津がひどい寝相でベッドの3分の2を占領して熟睡中。
グォ~グォ~。イビキを壮絶にかいている。
どんな深窓の令嬢も、屁もすりゃ、糞もすりゃ、イビキもかくさ。ましてや、奈津だものな。
ジイジの口元が自然と微笑む。

目やにをためた奈津に、軽く起き抜けのキス。ジイジの朝の習慣になっている。
「ちょっと、口が匂うな。昨夜、何を食べたっけ」
「あら、ジイジ、起きたの」
「ああ、これから朝食の用意」
「私、もう一寝入りするからさ。メシできたら起こせよ」
「あいよ」
「ジイジ、昨夜、激しかったな。頑張ったじゃん。奈津、疲れちゃったよ。歳だなあ」
「何が、歳だ。俺に対して、吐ける言葉か。昨夜、あんな大きなよがり声を上げてよ。ステフに聞こえなかったかなあ」
「いいってことよ。ジイジと奈津は、ステフ公認の仲。それよっか、もうちょっと寝るぜ」
下半身に何もつけていない。内股をボリボリ掻き、生欠伸をして、掛け布団を目の高さまで引き上げる。O型に投げ出された脚の間から股間が丸見え。行儀の悪い寝姿。
「ったく、色気がないんだから。そうでもないか、そのスッポンポン、見方によっては、最高に刺激的で、エロいよな」
「何か言った?」


2階の雅也の部屋をステファニーと雅美が、そのまま使っている。
ステファ二ーが目を覚ます。まだ昨夜の階上と階下の二重奏が耳に残っている。ベビーベッドの雅美は、夜泣きで疲れてぐっすり眠っている。

奈津、もっそりと起き出して、ダイニング・キッチンのソファーに座り、大きな欠伸。テレビをつける。
「雅美、昨日も、なかなか寝かせてくれないのよ」
やはり生欠伸をして、はれぼったい目をこすりながら、ステファニーがダイニング・キッチンに下りてくる。料理に集中しているジイジを見やりながら、声を潜める。
「眠いの雅美のせいだけでもないのよ、奈津さん。昨夜はすごかったわ。大きな声で吼えまくっているんだもの。毎晩、2階の部屋で雅也とやっていたこと思い出してしまったわ。寂しくて寂しくて、眠れなかったのよ。もちろん、あの当時は声を殺してやっていたけどね」
半分、からかいを装いながら、半分、本気で羨ましがりながら、ステフが口を開く。
「あのな、ステフ。ジイジに声が聞こえたこと、言うなよ。あいつ、そういうこと、結構気にするタイプだから」
やはり、声量を抑えて答える。
「じゃあ、ヘッドフォンで音楽、聴いていたことにする。だって、あんな大きな声。聞こえないって方が不自然だわ」
「無我夢中っていうのかな。自分では聞こえないんだよな。そんな大きい声だった?」
「悲鳴というか、狼の遠吠えというか、奈津さん、今、言ったこと、気にしない、気にしない」
「気にするよ。今度からは抑えるから、勘弁な」
「奈津さんの性格からいって、そんなこと無理だと思うけど・・」


今日の朝食はジイジ担当。週に2度、割り振られている。
今朝の献立。フランクフルトソーセージのマギー・ブイヨンスープ、スクランブル・エッグ、生野菜と自家製ドレッシング、トースト、珈琲。
料理の腕も確実に上がっている。それ以上に、自分の作ったものを他の者が食べるときの食卓の笑顔と会話。何物にも変えられない。
以前のジイジは、キッチンに立つことも、包丁に触ることもなかった。革命的な変遷。
変れば変るもの。ジイジ自身が驚いている。信じられないでいる。

「ジイジ、おいしい朝食、ご馳走様。私もそろそろ食事の用意できるわ。ローテーションに加えてくださいな」
「ステフは、まだしばらくは食事当番免除。雅美の世話に集中して」
奈津が代って答える。
「ステフ、昨夜、何か聞えなかったか?」
ジイジが不安そうに切り出す。
「なあんにも。ヘッド・フォーンで、音楽聴いたまま寝入っちゃったみたい」
「そうか、そんならいい」
「どうしたの。泥棒でも入ろうとしたの?」
「いや、そうじゃない。奈津がな」
「えっ、奈津さん、どうかしたの?」
「ステフ。変な物音したんで、私、大声で怒鳴ったのよ。聞えなかった?」
「ぜ~ん、ぜん」
「ほら、ジイジ、何にも気にすること、ないでしょ」
「そうよ。ジイジ。2階では、雅美の夜泣き。1階では、奈津さんの夜泣き。いつものことじゃない。気にしない。気にしない」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

ステファニーは別室で授乳。
ジイジと奈津が食後の珈琲を飲んでいる。
「ステフね。子供の頃、リサ姉さんと雅也さんのやってる声を聞いて育ったんだってよ。慣れてるのよ」
「雅也の奴。とんでもない奴だ」
「バ~カ。ジイジとやってること、同じじゃねえか。親子だなあ」
「この際、親子は関係ないだろ」
「それにしても、昨夜はよかったわ。ジイジ、最近、やるじゃん。おかげで、熟睡よ。朝食もおいしいぜ。ジイジ、今夜も頑張れよ」
「すまん。今夜は休養。休まないと、精子が溜まらないって」
「だ~め。甘えるな。朝食の支度2回分と交換なら休ませてあげる」
「鬼! 人でなし! 老人にはもっと優しくしろよ。でも、2回分か、なら、それでもいいよ」
「意気地なし!」


「ジイジ、私達3人って、心の傷を抱えて寄り添って共同生活しているのよね。方向はあるけれども、なんかそれを確実にする、信じるにたる核心がないのよね。傷を舐めあって慰め合っているだけだと、ちょっとしたことで空中分解しそうな気がしているわ」
珍しく、奈津が真面目な口調で話し出す。
「そうだよな。同じ宗教の信者同志の共同生活なら、信仰という絶対的なものに支えられて安定した日々を送られる。私達には絶対的なものがないんだよな」
「雅美が私達のあり方、変えてくれるような気がしているの」
「当分は、雅美中心の生活だな。血というのは家族の強力な接着剤のようなものだ」
「ジイジとステフは雅美を通じて血が繋がっているんだ。理屈抜きだもんな。妬けるなあ」
奈津が本気でぼやく。
「ステフが望むなら、ステフも内野の籍に入れようと思うんだ。すぐには難しいかもしれないが、弁護士さんと相談してみる。雅美の母として、何かと都合いいし、日本とフィリピンの往復が自由になる」
「内野雅美。内野ステファニーか。で。あっしはずっと内野家の家政婦、遠藤奈津かよ。それはないぜ。ジイジ、お前もあっしが内野奈津になれるように、努力しろよ」
「結婚しろって、ことか」
「バ~カ。自分の主義を簡単に撤回するほど、ヤワじゃないぜ、あっしは。ジイジと結婚なんて望んでないよ。バツイチの女は紙切れの上の契約なんかに幻想は持っとらん」
「じゃあ、なんだよ。内野奈津って?」
「だから、しっかり励めってこと。奈津とジイジとの間接的な血の繋がりが欲しいんだよ。今夜は、スッポンと鰻と山芋にすっか」
「勝負は時の運。神様の授かり物を食べ物頼みで得られると思うな」
「ジイジは学者のくせに非科学的なんだから。ネバネバ系が精のつく食べ物なんだよ。ジイジ、今朝は納豆、なかったな」
「パン食に納豆はないだろ」
「納豆とマヨネーズ、混ぜてよ、隠し味に醤油とからし、入れてよ。それをパンに乗っけて食べると、結構、うまいんだで」
「奈津、お前が勝手に食べな。俺は、そんなゲテモノ、よう、食わんわ」
「あっしが精をつけるんかい。そんなことしたら、ジイジ、さらに、ノルマ、きつくなるでえ」
「さあ、そろそろフィリピンに逃げ出さなくちゃ。命が危ない。三十六計、逃げるに如かずってな」
「そうか。んじゃあ、あっしは、去る者は追わず、来るものは拒まずで、いこうか。どんどん、男、作るからな。後で泣くなよ」
「バ~カ、今、泣きをみてるんだ」

「奈津、憎まれ口たたけるのも、お互い心の深い部分で繋がってているからなんだよな」
「最近、龍馬を失った悲しみから、なんとか抜け出したような気もしているの。それもこれも、馬鹿が言えるジイジが傍にいてくれるからなんだよな。感謝しているぜ」
「奈津、それなら同じ。ジイジも心の麻痺状態からオサラバできそうだ。君の存在に感謝している。少し、ノルマがきつ過ぎると思うけどな」
大切な人間を失ったもの同士が寄り添って始まった擬似家族。だが、そこに流れているものは本物のイタワリと安らぎ。擬似が取れて、本物の家族になりつつある。
メンバーは、一人増えて、ジイジ、奈津、ステフ、雅美の4人。


「欝病の人間にとって、傍に、痛みがわかってくれる人がいるっていうのは素晴らしいことなのね。ジイジのように、あっしの心の奥に巣くっている哀しみに気づいてくれ、あっしがそこから逃げずに新しい生き方ができるように、温かく見守ってくれる人が近くにいるっていうことは」
「このこと、ステフにも説明したいけど、あっしには、無理だな。あいつ、エロいことなら、すぐ理解するくせに、難しいことを言うと、私、頭が悪いからって、すぐ逃げるんだよな。ジイジ、頼んだぜ。エロ風のたとえ話でも入れてわかりやすく説明してやれよ」
「そんなの、無理に決まっているだろ」
「お前、学者だったんだろ。それくらいできないと、肩書き詐称と言われても、ノー・ジンジャーだな」
「なんだい、そのノー・ジンジャーっていうのは」
「しょうがないっつうこと」
「バ~カ、ノー・ジンジャーな駄洒落言うな」
「なんか、あっし、悲嘆にくれて自分を見失っていたころより、人間が、一回り大きくなったような気がしているんだ」
「奈津の場合は、人間だけじゃなく、態度も大きくなっているんだわ。そうさな。悲しみや失望は、それを克服できれば、人生が豊かになるのかもしんないな」
「ジイジ、また、いいこと、言うじゃん。人生が豊かになるか。あっし、ステフくらい胸が豊かになりたいいんだけどよ。ジイジ、しっかり揉めよ」
「揉んで、ステフくらいっていうのが欲張りなんよ。不可能で~す。シリコンでも入れるんだな」
「なぬ、ひどいこと、言うじゃん。なら、ついでに、ジイジのあそこにもシリコン注入すっか」
「ば~か、一日中、おっ立っていたら、外、歩けないだろ」


「ジイジ、家族って、何だと思う?」
「理屈や打算抜きで愛や心を分かち合いっている者達の集まりかな?」
「一緒にいると幸せを感じられる男と女の集まり。安心してすべてを委ねられる人間の集まりと言ってもいいかな」
「お互い、心を通い合わせることで、精神的安定を取り戻し、明日に生きる活力を蓄えることのできる根拠地、共生の場。なんて、解釈はどうだ? ジイジ」
「おっ、いいね。お前、それ、ステフに説明しろよ」
「無理、無理。ステフ、おっぱいの方に養分とられて、頭の方、小さくなったんだってよ。自分で言って威張っていた」
「本当、単純なんだよな、あいつ」
「ジイジは、頭の方に、養分取られて、あそこ、小さくなったんか?」
「俺、そんなに小さいか」
「あっしの今までの市場調査に照らし合わせると、標準より、やや下ってところかな」
「奈津、お前、どのくらいのサンプル数を調査したんだよ」
「プライベートに入れたのだと、残念ながら、100本はいってないなあ、50本弱ってところかなあ。ジイジ、あっし風俗で働いたことがあるって、言ったよな。そんとき、1000本近く、しごいて、調査しているんじゃないかなあ」
「奈津、お前、つくづく恐ろしい女やな。勝てないよ。中の下か。ショックだなあ」
「ジイジ、大きさじゃないって。愛情とテクニックの問題よ。その点、ジイジは、合格点や」
「なんか、無理やり、慰めてない?」
「あっし、最近は、ジイジ1本だもんな。よく我慢していると思うよ。人間、変ろうとすれば変れるもんだな」
「ねえ、ねえ、ねえ、100本とか、50本とか、何の話? ビール? ジュース?」
雅美を抱いて、ステファニーが話に加わる。
「バナナの話。おお、ステフ、いいところにきた。お前、サンプル数、何本だよ?」
「えっ、サンプル数って、な~に」
「ストップ。ストップ。奈津もいい加減にせい。雅美が聞いているだろ」
「雅美、まだわかんないよ」
「話の雰囲気が伝わるんだよ」
「小さいうちから、しっかり鍛えないとな。なあ、ステフ」
「小さいうちから、しっかり鍛えないとな。なあ、姉さん」
「・・・・・」





               ・・・・・・・・★10・・・・・・・・
夕食の準備に入ろうとしていた奈津に、ステファニーが声をかける。
「奈津お姉さま。折り入ってご相談があるんですけど、よろしいでございましょうか」
「なんだよ。急に改まって。気持ち、わりいな。いつも通り、奈津か、ナッツか、奈津さんでいいんだよ」
「でも、年齢、かなり上だし。日本の習慣に慣れてくると、奈津とかナッツとか呼びにくいわ」
「そんなもんかい。あっしはステフと同じ年齢のつもりでいるから、ちっとも構わないんだけどな」
「ステフの方が構うの。内野の家族の中では姉妹よね。お姉さまは、どう考えてもふさわしくないから、姉さんって呼んでいいかしら?」
「いいけどよ。姉さんか。ちょっくら、くすぐったいぜ。生まれ育った家族では末っ子の甘えん坊だったからな。姉さんって呼ばれるの、なんだか新鮮だわ。でも、芸者か、やくざの女のようでもあるな。まあ、いっか」
「私、雅美と二人の今後の生活のこと考えて、少し不安になっているの。男に頼らない生き方していきたいんだ。死ぬ前の雅也に大見得を切ったし。そのためには経済的に自立しないと駄目なのよね。この難しい言葉、雅也と喧嘩しているとき、覚えたの」
「女の経済的自立か。ステフ、いいこと、言うじゃないか。半年、ゆっくり休めというジイジの強い奨めもあって、居候兼家政婦、決め込んでいるけどよ。いつまでもジイジにオンブにダッコってわけにいかないしな。最近はジイジの情婦のような気がしていて、あっしも滅入ってたんだわ。そろそろ、仕事、探そうかと思っていた矢先だった」
「あれっ、ダッコしているのは、奈津姉さんさんじゃないの? ジイジ、姉さんの膝の上に乗って抱きついているの、何度も見たことあるけどな」
「お前、ジイジの部屋、盗み見るなよ」
「ドアを開けて抱き合わないでよ。何、やってるか見たくなるのが人間でしょう」
「そんなデリケートな神経、持ち合わせてないわ」

「いい男を探して、その男に食わしてもらうという誘惑も捨てがたいんだけれど。それは最後の手段として取っておこうと思うの。姉さんと違って、後10年くらいは女を武器に生きていけると思うの」
「じゃかしい! 何が姉さんさんと違ってだ。姉さん、50までは、男共を悩殺する予定でいるんぞ」
「すご~い! 私も姉さんに続くわ」

「私、できることって、今のところ水商売だけなのよね。だから、スナックかバーか飲み屋みたいなお店をやろうかと考えているんだけど。私、外国人だし、日本の事情に詳しくないし。姉さん、手伝っていただけないかしら」
「よっしゃ、あっしも他人に使われるのには、うんざりしているんよ。ステフが本気なら、共同経理者として手腕、発揮してやってもいいぜ」
「そうそう、そうこなくっちゃ。さすが、姉さん、頼りになるなあ」
「ステフ、お前も、調子よくなったな」
「だって、身近にお手本がいるんだもん」
「そうよな。経済的自立なしでは、女の自立はあり得ないちゅうこった。ステフ、一緒に頑張るか」
「そうよ、そうよ。経済的自立なしでは、女の自立はあり得ないちゅうこった」

「ステフも一段落したら、彼氏、作らないと駄目だぞ。セックス、長いことしないと、早く老けてしまう」
「そうなの? 姉さん」
「ステフがやりに出て行くときは、あっしが雅美の面倒をみるから心配すんな」
「でも、ジイジが何と言うか。ジイジ、そういう点、固そうだし」
「まかせとけって。ジイジの弱点、あっし、知り抜いているから。固くても、やってるうちにすぐ柔らかくなるって」
「姉さん、言ってること、よくわからないんだけど」
「そうだよな。論理的じゃあないか。言ってる本人もよくわからない」


「ジイジ、何時だよ。隠れジジイを暴露する旅に出るのは?」
「1ヶ月後かな」
「ジイジがいない間、二人は稼ぎなしなのよね。いつまでも、ジイジに恵んでもらうわけにもいかない。で、ステフと相談したんだけど、なんか商売をやるってことになった」
「原則的には賛成だな」

「経済的自立なしでは、女の自立はあり得ない、ちゅうこった」
ステファニー、意味はよくわからないが、受け狙いで言ってみた。
「奈津、また、ステフに変な言葉、教えたな」
「なんだよ。ジイジ、エロい言葉じゃねえだろ。あっし、ステフの言いたいことを正しい日本語にしてやっただけだ。文句、あっか」
「文句、ねえ」
「で、よう、二人の貯金、合わせても、軍資金、少し足りないんだよな。ジイジ、200ほど貸せよ」
「でかい女二人で、か弱いジジイ一人を恐喝かい。趣味が悪くないか」
「ねえ、素敵なおじ様、お願い。200ほど貸していただけないかしら。これで、いっか。恐喝じゃなく、お願いだろ。オホホ」
「ねえ、パパ、お願いよ。これ、私が言い出したことなの。姉さんには手伝ってくれるようお願いしたの。200ほど貸していただけないかしら。これで、いっか」
「まずい! ステフの言葉づかい。だんだん、奈津化してきてる。そうか、こっちも商売だ。利息、がっちり、いただくぜ」
「だどもよ。店の名前、聞いたら気持ち、変わるかもな。もう決めたんだぜ。『C&M』ちゅううんだ。ジイジのためにつけたんだぜ。それでも、利息、取る気か?」
「『C&M』がなんで俺のためなんだ?」
「少しは、頭、働かせよ」
「わかんないなあ」
「ジイジ、お前の大切な宝物、何だよ」
「そうか。『クリス&マサミ』ちゅうこったな」
「200、出す気になったかあ」
「しょうがないなあ。お前ら、人の弱みに付け込む知能犯だ」
「これ、姉さんのアイディア。すご~い。姉さん」
「でも、純益が上がるようになったら、20パーセントは、クリス&マサミの教育費に回すという崇高な企画でもあるんだぜ。ジイジ、断ったら、男の名折れだな」
「パパ、チンチン、折れちゃうの? 姉さん、少し可愛そうなんだけど」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

「それに、パパ、姉さんが200って言ったけど、200万円だからね」
「ステフ、わかってるよ。そんなこと。で、何の商売するんだ?」
「パパ、当ててみて。ステフと姉さんの考えそうな商売。なあ~んだ?」
「おまえらにできること、男をたぶらかすことくらいだろうが。まあ、飲食系の夜のお店だな」
「ピン・ポーン」
「二人とも、男にだらしない面がある。けど、少しだらしない方が男共は寄ってくるよな」
「すごい、ジイジ。わかってるじゃん」
「お前らの経歴、考えれば、誰でも予測つくわ。スナックバーってところか?」
「そうそう、ボッタクリ・バー」
「資金提供、中止!」
「嘘だよ。おいしい家庭料理なんかも出す温かいお店を考えているんさ」
「でも、経営が苦しくなったら、あっし、ばんばん触らせてサービスするから」
「ステフも、ばんばん、触らせてサービスするから」
「おいおい、やっぱり、資金提供中止かな」
「嘘よ。おいしい料理で男を引き付けるから、心配すんな」
「ステフも、おいしいおっぱいで、男を引き付けるから、心配すんな」
「おい、ステフ、調子に乗るな」
「あっしたちの、この色気があれば、男共は黙っていても寄ってくるってことよ。なあ、ステフ」
「そうそう、あっしたちの、この色気があれば、男共は黙っていても寄ってくるってことよ。なあ、姉さん」
「商売は、そんなに甘くないぞ」
「商売をしたことのないジイジが言っても全く説得力がないな。ステフ」
「商売をしたことのないジイジが言っても全く説得力がないな。姉さん」
「それから、姉さんに奨められたんだけどお。お店にいい男が来たら、ステフ、どんどん、その男とセックス楽しんじゃうからね。これって、一石二鳥って、言うんだってさ。ステフ、どんどん、言葉、おぼえてるだろ。ジイジ」
「・・・・・」
「セックス、やってないと、早く婆さんになるんだってよ」
「・・・・・」
# by tsado13 | 2011-10-25 16:34 | ゆるい女