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ネット小説第3弾。書き直し中なのよ。


by tsado13

ゆるい女(その3)

               ・・・・・・・・★5・・・・・・・・
風呂からあがり、ピンクのパジャマをつけるのはさすがてれくさかった。が、自分からは見えない。内野が上気した顔で居間に出ると、テーブルの上に食事の用意がされている。ご飯と味噌汁、鯖の味噌煮、茄子の煮びたし、ポテト・サラダ、白菜の浅漬け。趣味の良い皿や小鉢類の上に盛り付けられ、二人分、整然と並べられている。奈津は美的センスも相当なものだ。内野は奈津という女にずんずん引かれ始めていた。この女を袖にした元夫という奴は、ものの価値がわからない気の毒な男だ。内野は心から同情した。

「ワーオ、おいしそう。ジジイに優しい和食系だね。ありがとう」
「私、コテコテの肉食系の洋食派に見られるんだけど、どちらかというと、和食派なのよ」
「気が合うと思ったら、食事の好みも似ているんだ」
「そうよね」
「でも、このパジャマ、滑稽じゃないかなあ」
「あら、とてもお似合いよ。可愛らしいわ。ウフフ」
「それって、素直に褒め言葉としてとっておいていいのかな?」
「もちろんよ」
「一本、350円の安いワインだけれど、よかったらお飲みになる?」
「ジジイ、あなただから正直に言うけど、実はワインの味なんてまったくわからないんだ。安くても高くても、皆、一緒。だから、もちろんいただきま~す」
「嫌よ。またジジイだなんて。そんな卑下なさった言い方。私、嫌いよ」
「別に卑下しているわけじゃないんだけどな。ジジイだから、ジジイって自分のことを素直に表現して悪いのかなあ。遠藤さん」
「あたし、ジジイって、響きが嫌いなのね。じゃあ、どうかしら? ジイジっていうのは。可愛らしいわよね。ニックネームみたい。私、気に入ったことよ。それから、私、遠藤さんって呼ばれるの嫌だなあ。堅苦しいわ。私も内野さんって呼ばない。これからはジイジって呼ぶわ。いいかしら?」
「もちろん、いいさ。なんか気楽に話ができそうだな。で、私は遠藤さんのこと、なんて呼べばいいのかな? 奈津さん、それとも、ナッちゃん」
「まだ少し他人行儀だわ。そうね。私を奈津と呼び捨ててくださらない?」
「恋人みたいで、ちょっと恥ずかしいな」
「そんなことないわよ。娘を呼ぶみたいに呼んでよ。じゃあ。練習よ」
「ジイジ、私達、良いお友達になれそうね」
「奈津、私もそう思っていたんだ。いやあ、やっぱり、てれくさい。奈津さんじゃ駄目かな?」
「駄目よ。じゃあ、平等に、私もタダオって呼び捨てすれば呼んでくれる?」
「ちょっと、ちょっと、それだけは勘弁。奈津って呼ぶから」
安いワインの酔いも手伝って、口が滑らかになってきている。
「じゃあ。もう一度、練習よ。ジイジ、私を呼んで」
「奈津、このワイン、本当は1本数万円の高級ワインだろう。旨い。実に旨い。何故だ? 何故だ?」
「いいわよ、ジイジ。『私と飲んでいるからよ』と言わせたいの?」
「奈津、ピンポーン!」
多少ぎこちないのは仕方ない。時々、視線を合わせては微笑みあう。なんだか気のおけない友達の雰囲気。お互いの心に温かいものを感じ合えた。知り合って時間もまだあまり立っていないことを思うと不思議。
神様は時々予想外の運命の瞬間を演出なさる。選ばれし者二人。赤い糸ではなく、幸せな時間を運ぶ、緑の糸で繋がっていた二人・・。

微笑をからめさせながらとる夕食。特別に何も語らなくともおいしい。こんな雰囲気、ずっと忘れていた。思い出せないくらい、遠い昔、経験したような気もする。
「この鯖味噌、おいしいなあ。何が入っているんだい」
「あててみて?」
「しょうが。それと蜂蜜?」
「それも入っているけれど、もっと取っておきの隠し味が入っているんだけどなあ」
「なんだろう。う~ん、わからない。ワインかな?」
「ちょっと違うな。さあ、なあんだ。なあんだ。当ててみろ。ジイジ。あてねえと許さねえぞ」
「奈津、ごめん。わからない。ギブ・アップ」
「しょうがねえなあ。教えてやっか。取っておきの隠し味は、あっしの愛情。へへへ。ジイジ、気がつかないなんて、こいつは高くつくぜ」
男のような、ぞんざいな口の聞き方。だんだん本性を表してくる奈津が可愛いく思えてくる。心を許してくれ始めているんだ。
「わかった、わかった。何でもプレゼントするよ。奈津。リカちゃんのお人形? それとも、熊のプーさんのぬいぐるみ? それとも、おままごとセット?」
「ジイジ、コノオ~。奈津、ヘンゼルとグレーテルのお菓子のお家がいいでちゅ。オメエ、絶対、買えよ」





               ・・・・・・・・★6・・・・・・・・
食事が一段落し、お茶を飲み出したところで、奈津は視線を落とし自分の身の上を語り始めた。そのときを待っていたかのように。
「私、ずっと一人ぼっちだったの。ずっとずっと気が狂いそうなくらいつらかった。孤独だったわ」
「私も同じだったよ」
「憂鬱で憂鬱で、ひたすら悲しくて、何度も死のうとしたの。でも、生きていてよかった。ジイジと知り合えたんだもの」
「私たち、今こうしていると、知り合うべくして知り合ったような気がしているんだ」
「そうよね。私もそう感じるわ」
「私、職場の同僚と22歳の時、結婚したの。始めの数年はとても幸せだったわ。結婚2年目で男の子ができたの。うれしかった。夫が龍馬と名づけたのよ。可哀相に、龍馬、名前に逆らうような運命だったわ」
「夫は高知出身のスポーツマン。単純でわかりやすいイケイケ男だったわ。私も高校時代、バレーボールに打ち込んでいたし、若いときはそこに惚れたのよね」
「でも、生活の塵芥のようなものがたまっていくうちに、この人って違うんじゃないかと思いはじめたの。しっくりとしない何かが二人の間に割り込んできたわ。私も彼も若かった。つまらないことで諍いあうようになっていった。殴り合ったり叩き合ったりすることもしょっちゅうだったわ。二人とも直情径行型だったの」
内野は聞き役に徹っしていた。こういうときは口を挟まないで全部吐き出してもらうのが一番いい。精神科医とのカウンセリングで経験的に知っていた。
「あのことさえ、起きなければ、不満をいだきながらも、目が夫から子供の方に移り、世間並みの夫婦のようになっていたと思うわ」
奈津の目から清浄な液体が一筋流れ出し、声がかすれて震えている。思い出すのもきつそう。
「3歳のとき、龍馬が急性リンパ性白血病にかかっているってわかったの。小児ガンよ。つらかった。代ってあげたいと思った。涙の枯れる日はなかったわ。夢中だった。今思うと、あっという間の5年間。でも、子供と気持ちが繋がっていたという点だけが唯一の救いだった」
「夫は仕事をして稼ぐことが自分の役割と勝手に決め、龍馬の世話と看病を私に丸投げしたのよ。そのうち、女がいるらしいとわかったわ。私、始終イライラして病気の龍馬にもあたるようになったの。ひどい女でしょ。夫が離れていったらどうしよう、不安がつのって、毎日、沈んだ気分でふさぎ込んでいたわ。それが龍馬の病状にも影響したのかもしれないの」
顔は涙でくしゃくしゃになっている。涙声でポツリポツリ語る一言、一言。内野の心を揺るがした。

「5年の闘病の甲斐もなく、半年前、龍馬は眠るように息をひきとったわ。喪失感から今も抜け出せないでいるの。自分を責めて責めて責めて、責め抜いたわ。今も責め続けているの。小児ガンの生存率が上がってきているのに、龍馬がああなったのは、私がいけなかったからなんだわ。ジイジ、私って、生きている価値のない女なのよ」
内野は、自分のことを言われているような気がして、返す言葉もなかった。こらえていたのにいつしか一緒に涙を流している。奈津の頬を優しく掌で挟み、涙で一杯の奈津の瞳を涙の瞳でじっと見つめる。そうすることしかできなかった。何を言っても嘘になる。ただじっと見つめて一緒に悲しむだけ。奈津も見つめ返してくる。心が繋がった。言葉では伝えられないもっともっと強い語らい。
「奈津、君は少しも悪くない。自分を責めることはもうよそう」
あれほど言いにくかった奈津という言い方が自然と口をついて出ていた。
「その郷土の英雄の名を息子につけた夫はどうしていたんだ?」
「彼もつらかったんだわ。仕事と女に逃げていたのよ。私に協力する気も失せていたみたいだった。開き直っていたわ、けれども、最近、思うの。逆にそれが彼の精一杯の思いやりだったような気がするの。私につらい顔を見せない。私と龍馬の間に割り込まない。だから、彼を今は恨んでないわ。彼も十分に苦しんでいたのよ」
「奈津。君って優しいんだなあ。こんな君の素晴らしさがわからないなんて、その元夫って奴は大馬鹿野郎だよ」
「龍馬が亡くなったとき、二人は話すことは何もなかったわ。心はとっくに離れていたし、一緒にいる理由は何もなくなった。身内だけの葬儀の後、離婚を決めたわ。すぐに手続きもとった。二人の家族の話し合いで、私のもとに、少しまとまったお金が入ったわ。だから、今、こうして働かないで生活できているの」
「彼には、そうする理由があったみたい。もう付き合っている女性がいたみたいだから。慰謝料だったのかしら。でも、そんなもの、必要なかったのにね。龍馬が旅立った時点で二人は、赤の他人になっていたのよ。何の未練もないのにね。離婚できて清々しているのはこちらの方なのにね。ウフフ。ジイジ、私、儲かっちゃったわ」
奈津は、優しい穏やかな目で見つめてきた。

可愛い女。
この女性を大切にして行こう。我が同志、奈津。


「奈津、さっきのパトロンの件だけど、あれはやっぱり無理だなあ。第一、奈津がそういう立場に満足できる女性じゃないってこと、ジイジは言われなくてもわかってるよ」
「そうね。でも、私、仕事がちゃんとできるかどうか、今はすっごく不安なの。お金も減る一方だし・・・、ジイジのような優しい人の傍にいられるなら、落ち着くまでは囲われ女でもいいかなって、思っちゃったみたい」
「奈津、君は間違いなく鬱病にかかっている。まだ働くのは早すぎる。後、半年はゆっくり休んだ方がいい。焦っては、状況を悪くするだけだ」
「ジイジ、私、どうすればいいと思う? やっぱし、囲われちゃおうかしら。ウフフフ」
「で、お願いがあるんだ。もし、嫌でなかったら、我が家に、毎日、決まった時間、お手伝いさんとして、働きにきてくれないか。炊事、お掃除、洗濯かな。もちろん、相応のお給金は支払うよ。気分の悪いときは、部屋はたくさんあるから自由に休んでいい」
「今まで、姉と妹が交互に世話を焼きにきてくれていたけれど、二人とも家庭もあるし、これ以上、迷惑をかけられない。で、家政婦派遣所に電話しようと思っていた矢先なんだ」
「うれしいわ。ご迷惑じゃなければ、是非、そうしたいわ」
「迷惑だなんてとんでもない。大歓迎だ。君という魅力的な話相手がいるだけで、ジイジも、精神的にずっと楽になる」
「私も同じよ」
「これ、私の医者の受け売りなんだけれど、鬱病治療で大切なことは、一人で考え込まないこと、焦らないこと、自分を責めないこと、病気だと認識すること、なんだそうだ。奈津はジイジの大切な友達。パトロンにはなれないけど、何でも相談に乗る友達にはなれるからね。その代わり、君の明るいキャラでジイジを癒してくれれば、それだけでいい」
「あんがと。ジイジ。なんだか、また泣きそうになってきたわ」
「どうだろう、私の通っている精神科医のところにも通ってみたら」
「ええ、落ち着いたら、そうするわ。でも、ジイジと一緒にいるだけで、私、よくなりそうな気がしてる」
「じゃあ、明日、姉と妹に電話するから、明後日から来てもらおうか」
「ええ、お願いします。で、ジイジ、ボーナス、出るか?」
「バ~カ、出るわけないだろ」

「奈津は子供の病気というストレスをかかえてよく頑張ったよ。本来なら、元夫君がストレスを分かち合わねばならなかった。それなのに奈津に新たなストレスを与え続けた。僕から見れば、最低の男だ。別れて、大正解だよ」
「そっか。最低男から逃げ出せたんだ。私って、ラッキー」
「君は、何でもプラス思考で行動する。きっと明るくて活発なお嬢さんだったんだろうな。想像がつくよ。でも、どんなに明るく元気でも、耐えられるストレスには限界があるそうだ。心が傷つくということはごく普通のことなんだよ。人の心は繊細で傷つきやすいものなんだ」
「私、スポーツやっていたんで、自分が沈んだ気持ちになるのは根性が足りないからだと思って、さらに落ち込んだの。眠られない夜も何夜もあったわ。人間なら誰でも傷つくんだと聞いて、気持ちが楽になった。ジイジは私の救世主よ」
「休むことに罪悪感を抱いてはいけないよ。困ったときはお互い様さ。ボーナスは出せないけど、電話さえくれれば何時休んでもいいからね」
「心理療法士でなくとも、共に歩んでくれる人がいれば、喪失と悲嘆の状態から抜け出して新しい生活が始められるんだそうだ」
「ジイジ、共に歩んでくれる?」
「もちろんさ」
「深い悲しみに苦しんだ人が、生きていく意味を見つけていくためには時間が必要なんだ。これ、奈津に言っているだけじゃないぜ。自分にも言い聞かせていることさ」
「ジイジ、生きていく意味、一緒に探していこうよ」
奈津の同胞になって、悲しみによる心の麻痺状態を解放してやろう。それに、奈津なら自分の心の麻痺も取り除いてくれそうな気がする。

「欝は自分一人で治すことはできないのだそうだ。誰かに助けてもらえということだ」
「ジイジ、助けてくれるわよね」
「合点、承知乃介よ」
「でも、ジイジに助けてもらうばかりじゃ、あっし、納得できねえぞ。ジイジ、あっしに手伝ってもらいたいことねえか」
「もう、十分に助けてもらってるよ。おいしい珈琲、おいしい食事。でも、とりあえず、今はもう何もないな」
「そうか、つまんねえな。いや、あったぞ。あったぞ。あったぞ。ジイジを助けてやれることが。フフフ」
「なんだい? それ」
「ジイジ、立たないんだったよな。いろいろあって、自信喪失して,立たないんだぜ、きっと。心理的問題よ。ジイジ、まかせとけって。あっしが立たせてやっから。自信回復させてやっから」
「奈津、君は可愛い顔して、どうして、そんな露骨な言い方しかできないんだ」
「へへへ、しゃあないだろ。性格なんだから、そんなら、ジイジのインポテンツ克服作戦、男性機能回復作戦にとりかかっか。これなら、いっか? 露骨じゃねえだろ」
「たいしてかわりないよ。奈津」
ジイジは奈津の天衣無縫さが可愛くてしかたない。


「今、私のところに、わけありの若いフィリピン女性がいるんだよな」
「えっ、どういう人? ジイジの本物の囲われ女?」
「ば~か、そんなんじゃない。そこまで、ジイジ、無節操じゃない。でも、その子、どう見ても妊娠しているんだ」
「クゥエ~、やるじゃん、ジイジ。すっごく、面白そう。ジイジの家に行っても退屈しないで済みそうだな」
「えっ、何かい。じゃあ、私だけだと退屈しちゃうんだ」
「ごめん、そんなことねえよ。ちょっと口が勝手に動いちゃっただけ。いけないな、この口」
奈津、軽く、口の上をたたいて折檻の真似。
「でも~、そのうち、この口がジイジのために大働きする筈。許せや」
「何か、言った?」
「いや、何も。秘密、秘密。本当に、あっしって口が軽い」
奈津、今度は両手で口を塞ぐ。


「で、そのフィリピン人の子も、今、深く傷ついているんだ」
「何かい。そんじゃ、ジイジの家には、深い心の傷をかかえた3人の人間が生活していくってことになるんか?」
「そういうこと」
「そいじゃ、奈津も、先輩として、その子、助けてやるよ」
「奈津、頼む」
「で、そいつとジイジはどんな関係なんだ? ちょっと、妬けるぞ。でも、少しだけだぞ。いい気になるなよ」
「奈津、その子、死んだ息子の恋人だったんだ。お腹にいるのは息子の子供らしい。その辺も聞き出してもらいたいんだ」
「ワーオ、劇的展開。最高、面白そう」
「奈津! いい加減しろ」
「ごめん。反省しま~す」
「その子、まだあんまり日本語通じないんだ。奈津、英語、少しは話せるのか? どうせ学校でろくすっぽ、勉強しなかったんだろ」
「まあな。でも、見損なうなよ、あっしのこと。アメリカの黒人男と1年半ほどつきあったことあるんだ。ぶっとくて長いったら、そりゃ、もう、ジイジの三倍くらいはあったよな。関係ないっか」
「奈津、もう、その露骨さ、ついてけないよ」
「だから、ブロークンな英語ならちょっとしたもんよ。寝室系の英語なら、ジイジだって、あっしの語彙力には多分対抗できないぜ」
「おみそれしやした」
「それに、その子にたっぷり日本語、教えてやるって。その黒人、私と暮らしたおかげで日本語ベラベラになったんよ。奈津、日本語、教える才能があるみたいなんだ」
「ちょっと待てよ。奈津に日本語を習うって、それって、ものすごく恐ろしいことじゃあないか」
「ちょっと乱暴だけどな、心の優しい日本語、べラべラに話すようになるはずだ」
「ペラペラでなくべラべラか。なんとなく納得してしまうな」
「そう、べラべラによ」
「な~るほど。擬態語の表現というのも微妙なんだなあ」
by tsado13 | 2011-10-25 16:42 | ゆるい女